2008年7月アーカイブ
インカレの歴史
全日本スキー連盟 スキー年鑑3号(1929年〜1930年版)より
全日本学生スキー選手権大会の記事で最も古いと思われる、中川大先輩の記事がありましたのでお借りして掲載します。諸先輩から聞き伝えられた内容も含んでおります楽しく読んでください。
第一回大鰐大会の様子は「全日本学生スキー連盟七十年史」に語り継ぎの記事として佐々木長九郎前学生スキー連盟会長が掲載してあります。
なお、漢字カナ使い等出来るだけ原文に近いままにしてありますのでご了承願います。 (佐々木亮)
第二回全日本学生スキー競技大会
故 中川 新 (大正十四年商学部卒)
畏くも 秩父宮殿下の御台臨を辱ふして、栄えある第一回の競技会を、青森県大鰐に於いて昨年一月開催せる全日本学生スキー競技連盟の第二回競技大会は、去る一月十二、十三、十四の三日間に亘り、札幌郊外三角山付近に於いて開催され、本邦のウインタースポーツ史上に、光輝ある尊き一頁を印した事は寔に喜ばしき限りであった。
雪の札幌と言われる程雪質に恵まれた北海の都も、不幸第一日目、第二日目は降雪に悩まされ、第三日は気まぐれな暖気に見舞われて、コンディションとしては甚だ面白かざるものではあったけれど、デスタンスに於いて、コンバインドに於いて將叉ジャンプ競技に於いて示した成績は、何れも本邦スキー競技のレベルを向上せしめた優秀なるものであった。
デスタンス レース 四十基米決勝
第一位 37 岩 崎 三 郎(早大)三時間二十五分十二秒
第二位 5 山 田 克 己(北大)三時間三十分四十五秒
第三位 3 矢 澤 武 雄(早大)三時間三十一分二十秒
第四位 33 宮 下 利 三(北大)三時間三十五分三秒
第五位 36 安 孫 六 郎(北大)三時間三十六分十四秒
第六位 32 片 山 好 儀(北大)三時間三十八分五十四秒
得点 早大 十一点 北大 十一点 (氏名の上の算用数字は出発順位)
前日来の降雪は美しい三角山をいとゞ麗はしいものにはしたけれど、コースは尺余の雪に覆われて跡形もなく、剩さへ降りしきる雪は必死と踏みかためる走路員の苦心を水泡に帰せしめてしまった。爲之全走者は散々な目に遭ふて苦闘するの外なく、全てお気の毒な次第であった。オリンピック選手永田(早大)を先頭として第二走者は昨年度日本選手権三十キロ優勝者栗谷川(明大)、第三走者は同じくオリンピックの矢澤(早大)、と前走者に斯界の精鋭を集めていた事は、後走者に33番宮下(北大)、36番小松(法政)、37番岩崎(早大)、と各校の闘将を一団とした事と共に甚だ奇なものであった。第一回の大会に三十キロの優勝者となった東条(早大)が中間走者の好位置に在り乍ら、札幌着以来の発熱に妨げられてか、三十キロ走破の後棄権の止むなきに至ったことは、明日の十八キロ確保の策に出でゝか、出発後間も無く棄権を敢えてした栗谷川と共に、残念至極な事であった。上述の悪コースは、前走者をして戦前既に優勝圏内から見離さしめてゐたものゝ、山田(北大)の奮戦物凄く、遂に強豪矢澤をおさえた彼、実に大会随一の偉丈夫であった。小松、宮下共にワックスに失敗して常のスピードなく、早くも最後走者岩崎にバンフライされて優勝の望み絶へ、勁漢岩崎、無人の野を行くが如くバンフライに殆ど総ての前走者を瞠若たらしめ、三番目にゴールインした事は只々賞賛の外なかった。籖運に恵まれたとは言へ、タイム三時間二十五分は正に超人的なレコードである。
十八基米決勝
第一位 26 栗 谷 川(明大)一時間十三分三十二秒
第二位 3 矢 澤(早大)一時間十六分十五秒
第三位 43 中 村(北大)一時間十七分五十二秒
第四位 41 岩 崎(早大)一時間十八分五十四秒
第五位 27 奥 井(北大)一時間十九分三十七秒
第六位 18 宮 本(北大)一時間十九分四十九秒
得点 早大(八点) 北大、明大(七点)
後走者の良運と、新鋭の元気(初登場)とを以って栗谷川は矢澤に、中村は岩崎に勝った事は当然の事であらう。北大の花形長田が等外に落ちたのは彼に十八キロの距離が少しく長過ぎたのではなかろうか。栗谷川のタイム一時間十三分は比類なき腕の力で持ち来たされた絶好のレコード、疲労なき矢澤、岩崎との今後の戦いこそ、蓋し空前の見物であろう。
複合競技 18.K.M. ジャンプ 決定成績
タイム1゜33’ 0″ 26m50 23m50
第一位 神 澤(北大) 十七・七六七 十七・三一三 三十六点〇八〇
1゜29’ 0″ 22m50 21m50
第二位 杉 村(北大) 十九・三二五 十五・七五〇 三十五点〇七五
1゜32’15″ 26m50 22m
第三位 竹 節(早大) 十八・一四二 十六・三一三 三十四点四五五
1゜28’32″ 19m 19m
第四位 宮 村(北大)二十・〇〇〇 十四・一二五 三十四点一二五
1゜33’38″ 19m50 17m50
第五位 今 村(法大)十七・四五〇 十七・七五〇 三十二点二〇〇
1゜31’32″ * 24m
第六位 村 本(北大)十八・五〇〇 十二・一八八 三十〇点六八〇
得点 (北大十六点 早大 四点 法大 二点)
ジャンプに一日の長のある神澤、杉村、村本が其の余技である処のデスタンスに、好走した事が勝因である。余技とは言へ衆人を驚かした彼らのスピードよ、新井、今井(法政)を断然敗退せしめ、而かも優勝候補随一の竹節をリードせしめなかった事は大成功であった。一世の雄竹節練習不足に累されてか昔日の元気なく、ワックスにたゝられ敗惨の浮目を見る。彼復仇する日の速やかならん事を祈って止まず。
三十二基米リレーレース
第一位 北大チーム(山田、中村、宮下、長田) タイム 二時間三十八分五十八秒
第二位 早大チーム(竹節、東条、岩崎、矢澤) タイム 二時間四十四分三十七秒
第三位 明大チーム(宮川、緒方、栗谷川、千葉) タイム 二時間四十七分二十六秒
第四位 法大チーム(今村、新井、神代、小松) タイム 二時間五十七分二十二秒
第五位 専修チーム( ) タイム 三時間十八分十五秒
第六位 小樽チーム( ) タイム 三時間二十七分三十五秒
得点 (北大 七点 早大 五点 明大 四点 法政 三点 専修 二点 樽商 一点)
三日に亘る岩崎、矢澤の過重なる活躍は、病東条がセーブした北大との五分のヒラキを回復するに値せず、予想を裏切る事甚だしく早大チーム始めてリレーに敗戦し、早大軍営暗然として悲壮の色濃きものがあった。さるにても北大チームの諸豪揃ひよ。他大学と練習時日に於いて比較にならぬ程豊かに持った北大としてさもある可き事ではあるが、意気に於いても、チームワークに於いても而闘志に於いても遥かに勝ってゐた。番狂わせの勝利では決してなかつた。
来る可き大会に於ける早大チームとの決戦今より待たれるものである。
ジャンプ競技
第一回飛距離 第二回飛距離 決定成績
第一位 伴 (北大) 二七米五〇 二七米〇〇 一三五米五〇
第二位 神 澤(北大) 三〇米〇〇 二九米〇〇 一三三点五〇
第三位 村 本(北大) 二五米〇〇 二八米〇〇 一三二点五〇
第四位 宮 村(北大) 二五米五〇 二五米〇〇 一二六点〇〇
第五位 出 野(早大) 二四米〇〇 二四米五〇 一二四点五〇
第六位 杉 村(北大) 二四米〇〇 二五米〇〇 一二三点〇〇
得点 (北大 二十点 早大 二点)
昨日の複合競技のジャンプに於いてすら珍しい事が多かった。夫れは従来のジャンプに比して、転倒率と不倒率とが其の位置を変へた事と、物の美事にも速やかに競技が進行した事である。加之各ジャンパーの前年とは見違える程のジャンプ振り、即ち踏み切り、空中に於ける前傾等にジャンプ界の躍進を思はしむるものが多々あったのである。
今日の此のジャンプに於いても殆ど転倒者もなく、昔の如く不倒者が必しも勝者とならなくなったのである。神澤の三十米は恐らく札幌シャンツェが有する飛躍距離の最大限三十五米を飛んだコルテルード氏に次ぐ好レコードであった。
飛型審判はヘルセット中尉、スネルスルードの両氏、頗る飛型点辛く、昨日は竹節の十六点を最高とし、今日は伴の十五点五分を最高とした。割合に飛型点数の良かった伴の優勝は当然であり、オリンピックの伴を目的に飛んだ神澤の次位は、本人としても惜しい事であったろう。
村本、杉村は古武者、宮村、出野は長き将来ある新進、前二者の入賞は萬人予想したところ、後二者の入賞は健闘の賜、賞む可き哉。
× × × × ×
従来のレースに於いて左程目につかなかったワックスが、此の大会程完全に各ランナーに使用された事は無かった。而かも総てのランナーが有効にワックスを利用してゐた。四十キロの小松、宮下が悲しいワックスの失敗をしたのみで、他は左程の憂目を見た人もいなかつた様である。四十キロは十時半からのスタートである、各ランナーは気温の高昇を予期したに反し、しきりに降る雪の為めレースの所要時間が意外に要した為に午後に亘り、而かも時の経つに気温は相当に降下したのであった。為にミディアムオンリーのワックスは凍りついて失敗し、ミデアム臺のワックスが、又ミックスオンリーの人々が成功したのである。十八キロの時にコースがレールになってゐたのとスタートが午後二時であり気温降下が順調に行なわれた時期でもあったので、ミディアムオンリーでもさして苦痛ではなかったであらうと思われた。然し三日目のリレーの時はいやに暖かく融雪した為に、少量のスカーレ類の塗布では駄目であったろう。早大前走二者の敗因の一部分が此処にもひそんでゐたのではなからうか。
当たり前の話ではあるが、兎も角ワックスの良く効いたランナー、スキーの良く滑ったランナーが総じて良成績を得たのである。スキーデスタンスも思えばワックスに支配される程向上したものである。